人気ブログランキング |


身につけるもの 飾るもの ごはん おかし 今日は何をつくろうかな…


by Chi・Chi

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

出展のお知らせ

b0316615_21215627.jpg

9月15日土曜日、大阪のATCホールで行われるアート&てづくりバザールに出展の予定です。
出展場所は、T-34のブースです。



出版のお知らせ

b0316615_21203636.jpg

Chi・Chiのはじめての著書、「野の花コサージュ」が、河出書房新社さんより出版されました。
春夏秋冬の素朴な野の花、25種類の作りかたをご紹介しています。

Amazon
かぎ針と刺しゅう糸で編むボタニカル・アクセサリー 野の花コサージュ


ネットショップ

ハンドメイド通販サイトCreemaとminneにて作品を販売しております。

b0316615_20282217.jpg

minne: https://minne.com/chichi-tshgt

b0316615_22132779.jpg

Creema: http://www.creema.jp/c/chichi-tshgt


今していること
https://twitter.com/chichi_teshigot

作品ギャラリー
https://www.instagram.com/chichi_teshigoto/

カテゴリ:考えごと( 4 )

休眠期 → 活動期

b0316615_09375081.jpg
寒いですねー(>_<)
ご無沙汰しております。またもや、間が空いてしまいました。
先日、所用で東京まで行ってきたのです。朝から晩までの日帰りで、とても充実した一日だったのですが、ぐったりと疲れてしまい、ここしばらくは気が抜けたように寝てばかりいたのでした。
ほんとうに、睡眠時間がえらく長くなって、冬眠か! というような状態でした。そろそろ起き出して活動せねば。寒いけど。
去年の後半やっていたことがようやくかたちになりそうです。お知らせはもう少し先になりますが…。東京で何をしてきたかも、いずれお話ししますね(*^ ^*)

しかし、なにしろほんとうに調子が崩れてしまっていて、どう取り戻せばいいか途方に暮れているところです。
長いこと出展もしていないし。
制作→出展→また制作→そしてまた出展、というサイクルは、調子をとるためにも大事だったのだなぁ…。

調子が崩れていることの原因のひとつには、ここしばらくのお仕事は自分ひとりでできなかったということにもあるのでした。
たとえば作品を作るとき、出展するとき、何を作るか、どんな人のために作るか、何を目標に作るか、どこでどんなふうに出すか、コンセプトやディスプレイまで、ぜんぶ自分だけで、自分の考えだけで決めることができる。たいへんなときもあるし、自分の考え以上のものは出てこないから、拡がりもないけれど…。
でも、他の誰かと仕事をすれば、自分ひとりでは決められない。考えはやり取りしないと伝わらないし、やり取りしても伝わらないときもある、あいまいなままにして進まなくてはならなかったりもする。それがとてもしんどかったのでした。
もちろん、ひとりではできないことができる、信頼して任せることができる、できあがるものを楽しみに待てる、という得難い経験でもあったわけですが(^ ^;)

とにかくまずはサイクルに戻らねば…。何はともあれ出展だ、と思っていたのですが、
申し込んでいた春のてづバからは落選の通知が届いてしまったのでした…。
あらららら。
そう、自分だけで決められるというわけでもなかったのでした(。-_-。)
てづバで落ちたのははじめてじゃないかしら…。はりきってレギュラーブースに申し込んだのですが、競争率が高かったのかも…。やれやれ。
見かたを換えれば、これで春の上賀茂に出展できるわけです。大阪と東京に出展したら余裕がないなーと思っていたのですが。

当面は、新春のコサージュを制作して、minneに出品しようと思っています。
それから、そろそろ新しいこともはじめてみたいなーと思っているのですが…、まだ計画の段階です。
まぁ、ぼちぼちと(*^ ^*)

by chichi-teshigoto | 2018-01-24 10:44 | 考えごと | Comments(0)

ただいま落ち込み中

b0316615_23020972.jpg
ただいま、落ち込み中です。
この冬一番の落ち込みです。しょんぼり…(。-_⊂)

はりきって応募したminneのハンドメイド大賞ですが、非常に残念な結果となりました(> <;)
一次審査くらいは通過できるかなぁと思ったのですが…。さすがにハードル高いなー…。
なにしろ1万数千もの応募があって、そのどれもが我こそはと思う自信作なわけで、その中でたった100かそこらの作品しかノミネートされないのですから、選ばれないことには何の不思議もないわけです。
むしろ選ばれると思うほうがどうかしているのかも。
でも、それでも…。やっぱりどうしても考えてしまうのです。
…どこが悪かったのかしら。

もちろん、わたしの作品が、非の打ちどころのない素晴らしい作品だと思っているわけではありません。
もっとこうすれば良かったと思うところはいっぱいあるし、その意味では、完成度はむしろ低いかもしれません。もっといいものが作れるはずだとも思います。
けれどもそれは、この作品が駄目だということではありません。ほかの誰でもない、Chi・Chiの作品として、わたしの好きなもの、世界観が十全に表現されている、と思います。この作品を好きになってくれる人、欲しいと思ってくれる人、Chi・Chiを好きになってくれる人がきっといる、と自負しています。
しかし、特定の誰かに好きになってもらうことは、客観的な評価を得ることとは全く別ものなのかも…。

好きなものを、好きなように作ってきました。
すでに何度か書いているように、わたしは、作ることについて学んだことがありません。編みものや洋裁の学校に通ったわけではないし、絵やデザインを勉強したこともありません。色彩については、ちょっとだけ講習を受けて学んだけれど…。
教えられて学び、人と比べられ、批評され、評価された経験が、ほとんどないのです。
わたしができることはすべて、本を読んだり、家族に教えてもらったり、こうしたらできるかなと考えて、やってみて、身につけたこと。
学んで身につけたものではありません。
わたしが作りたいのは、わたしが好きなもの。草花や、動物や、季節の風や匂い、好きだと感じるものを表現できて、それがほかの誰かにも好きだと思ってもらえたなら、そんなしあわせなことはない…。そう思って、作ってきました。
けれども、それだけでは足りないのかもしれない…。

minneが、何を基準に評価しているのかは、わたしにはわかりません。
たとえわたしが、改善できるところはすべて直して、完璧だと思う作品を応募したとしても、評価されるかどうかは、分からないのです。
しかし、minneの評価基準が分かって、こうすれば評価されるということが分かったとしても、わたしが納得してそれを大事だと思うかどうかは、また別の問題です。

いずれにしても、わたしにまだまだ足りないものがあることは確かです。成長しなくてはっ。
しかし、落選したのは悔しい。歯ぎしりしてのたうち回るくらい悔しいです。くそぅ…。今に見てろよ。
がんばりますよー(,,-_-)ノ

by chichi-teshigoto | 2016-02-06 00:31 | 考えごと | Comments(2)

価値とねだん

b0316615_22590438.jpg
今日は、作品のお値段について考えたことを、書いてみたいと思います。

このようなことを書くのは、あるいはマナー違反なのかもしれない、と思います。
しかし、自分の作品に、いかに値段をつけるかということは、作家として販売を始めたときから、悩み続けていることです。
すっきりした回答があればいいのですが…まだまだ迷走中です。
値段をつける方針が、不透明で一貫していないのは良くないので、何かしらご説明するべきかと思うのです。

つまるところ、これはわたしの所信表明であり言い訳です。
前回に引き続き、長ったらしくなります。どうもすみません(^ ^;)


自分の作品を、いったいいくらで売ればいいのか。
はじめて手づくり市に出展したとき、まずぶちあたった壁が、この問題でした。
わたしの作品には、いったいどれだけの価値があるのか?
そのことが、わからなかったのです。
正直なところ、今でも、よくわかりません。

ハンドメイドの作品は、どうやってお値段を決めるのか?
とりあえず思いつくのは、ふたつの決めかたです。
ひとつは、材料費なり手間賃なり、原価をもとに決める方法です。
わたしが読んだ、ハンドメイド雑貨の売り方の本には、原価×3が相場だと書いてありました。
別の本には、材料費×3+手間賃(作るのにかかったぶんの時給)、と書いてあります。
…しかし、そんな簡単なことなんだろうか?

例えば、ここに2枚のセーターがあります。
かたほうは太い糸でざっくりと編んだセーター。もう一枚は、極細の糸で細かく精緻に編まれた逸品です。
もし2枚のセーターの材料費が、おなじくらいだとしても、2枚が同じ値段だと思う人は、いないのではないでしょうか。
では、もしも。ざっくりセーターはゆっくりていねいに編む初心者が編み、精緻なセーターは素早くきれいに編む手練れが編んで、同じくらいの時間でできあがったものだとしたら…。
2枚は同じ値段であるべきでしょうか?
…それは、なんだかおかしい気がします。
同じ時間で作られたものであっても、作り手の技量の差によって、価値は変わってくると思うのです。

もう一つややこしい問題があります。
それは、デザインのことです。
ざっくりセーターはセンスの光る素晴らしいデザイン、精緻なセーターはぱっとしないデザインだったならば、価値のあるのはどちらのほうでしょうか?
…なんだか、同じくらいの値段でいいかな、と思えてきます。
それでは、ざっくりセーターのデザインは1時間くらいでできたもの、精緻なセーターは1週間くらい考えた末にできたものだったとしたら…?
もう、何がなんだかわからないですね。

もうひとつの決めかたは、いたってシンプル。
「売れる値段で売る!」ということ。
これは、わかりやすいですね。
どんな値段をつけようと、デザインであれ手仕事のていねいさであれ、買い手の心を動かせば、それでいいわけです。
逆を言えば、どんなに高価な材料を使っていたって、どんなに時間をかけた作品だって、それが買う側に伝わらなければ、価値にはならないということですが。
しかし、買い手もさまざま。たとえば一点ものの作品なら、価値を理解してくれる人がひとりいればいいわけで。

しかし、この方法の問題点は、売ってみるまで分からない、というところです。
これは致命的です。
売ってみないと売れる値段はわからないし、値段をつけないと売ることはできないのです。
じゃあ、けっきょく売れる値段っていくら? …堂々巡りです。

相場、という考えかたがあります。
たとえば手づくり市なら手づくり市で、お店ならお店で、同じような商品がいくらで売られているかを参考にする、ということです。
でも、これってどうなのかな…とわたしは思います。
同じような作品でも、同じように作られているとはかぎらないし。
そもそも、同じようなというところが間違っていると思う。
「その人だから作れる」、そういうものでなければ、作品の意味がないと思うのです。
手づくり雑貨のアイデンティティは、作り手のデザインのセンス、作り手の技量。ある場合にはつたなさでさえも、醸し出す雰囲気となり、その作品の価値となります。
相場なんてない、相対的な価値でははかれないのです。
だからこそ、自分で値段をつけるのが、これほどまでに難しいのです。
自分の作品の価値なんて、ほんとうに、売ってみるまではわからないのです。


材料費+作った時間の時給で値段をつけて、売れなければ値段を下げていく(もしくは買ってくれる人が現れるまで待つ)というのが、ひょっとしたら正解かもしれません。
でも、3年前のわたしには、たとえ数時間かけて作ったものであっても、数千円の値段をつけることは、できなかった。それだけの価値が自分の作品にあるとは思えなかったし…なにより、もし売れなかったらという不安で、いっぱいでした。
買ってくれる人が現れるまで待つなんて、そんな余裕も自信も、ありませんでした。

自分の作品の価値もわからないのに、強気な値段をつけられる人なんて、そうそういないと思います。
作品は、自分の分身のようなもの。売れなければ、否定されたような気になります。
だから、この値段なら、買ってくれるだろう…とついつい、弱気な値段設定をしてしまいます。
でも、そうすると、その値段に縛られることになります。
「同じものを違う値段で売ってはいけない」という人もいます。
売れるからといって安易に値上げをするのは、悪いことのような気がするのです。

でも、思うのですが、値段とは変動するものではないでしょうか?
身の回りで売っているものを見ても、日によって、場所によって、同じものが違う値段で売っていたりします。
需要も変わる、供給も変わる。原価だって変わる。値段も変わるのは、当然なことではないでしょうか。
売る側の、手前味噌な意見かもしれませんが。

中学生の時に社会の授業で習った、需要と供給の話を思い出します。
需要と供給が釣り合うところが、適正な価格だと。
やっぱり、それが正しいのだろうな、と思います。

販売を始めたとき、わたしが付けた値段は、時給でいえば300円くらいでした。
3~4時間かけて作るものを、1000円くらいで売っていたのです。
売れることがわかったら、少しずつ値上げしよう…と思っていました。
少しずつ値上げして、値上げしたぶん、改良して。
今では、当時よりずっといいものが作れるようになったと、思います。
でも、改良したぶん、手間も増えました。
今は、4~5時間かけて作るものを、1800円くらいで売っています。時給でいえば、4~500円です。

でも、当時に比べると、ずっと余裕がない気がします。
売れ行きが、たいへん良いからです。
とてもとてもありがたいことなのですが。
材料を買いに行くのと、近所のスーパーへ買い物に出る以外、一歩も外へ出ず、家事もほとんどほったらかして作ったものが、午前中に売り切れてしまう。
それでいて、生活できるほどの売り上げはない…。
本音を言えば、だんだん、作るのが苦しくなっています。売れれば売れるほど、苦しくてなりません。
時間の使いかたが下手なせいもあると思うけれど。
やっぱり、需要と供給が、釣り合っていないのではないかなーと、思います。

この3年間、自分はまだまだ駆け出しだと思って、やってきました。
成長していると、自分では思っています。
もっといいものを作ろうとして、改良も重ねています。
blogに載せている作品も、改良点として去年と違うところを説明しています。
けれども、「去年と違うのね。どうして?」と、言われるお客さまもおられます。
勝手に色や形を変更したり、改良したり、お値段を変えたりするのは、お客さまにとってはあるいは納得がいかないことかもしれません。
でも、
わたしはまだ、成長の途上にあります。
いわば、お試し期間。お値段も、いわばお試し価格です。
何もかも、まだまだ模索中です。
改良しますし、変更しますし、お値段も定まりません。

とりあえず、「活動を続けていけるかどうか」を基準に、調整するつもりです。
たいへん申し訳ないことですが、どうか、ご了承くださいm(_ _)m
Chi・Chiはまだまだ、発展途上です。

by chichi-teshigoto | 2015-03-29 21:06 | 考えごと | Comments(4)

木の芽どき

b0316615_17063743.jpg
昨日、近所を歩いていたら、桜が咲いているのに気づきました。
何という桜でしょう、やや濃いめの色の桜です。
いつから咲いていたんだろう。
引きこもって制作しているあいだに、ほんものの春は来ていたのでした。

今日はちょっと、考えたことを書いてみようと思います。

わたしがChi・Chiとして活動を始めてから(手づくり市などで作ったものを販売するようになってから)、3年と少しになります。
学校や教室などで学んだことがなく、教えてくれるひとがいたわけでもなく。ただ本を見て、気ままに作っていたわたしが、右も左もわからずはじめての手づくり市に出展したのは、3年と少し前の12月のこと。自分の作ったものが誰かに買ってもらえる、そのことがどれほど嬉しいかを知り、繰り返しあちこちの手づくり市に出展するようになったのでした。
当時と今では、作るものはだいぶ違っています。
ずいぶん成長したと、自分では思っています。
こっちのほうがいい。こんなものも作ってみたい。
もっと、もっといいものを…。
作ることに、迷いはありません。
かわいいものが作りたい。見たひとの心がぱっと明るくなるような、私もこんなのが作ってみたい! と思うような、そんなものが作りたい。
その理想に、少しずつでも近付けているのでは、と自分では思う。
…でも、3年前にわからなかったことは、今でもわからないままです。

このblogをはじめたとき、楽しいことを書いていこう、と思ったのでした。
わたしはけっこう思い悩むたちだけれど、そうしたことはなるべく出さないようにしよう、と。
でも、先月とうとう出てしまいました。

このところ、作ることが苦しいのです。
楽しいことだったはずなのに。
バランスをうまくとることが、できない。

勢いだけで来た3年ですが、そろそろきちんと考えないといけないな、と思います。
どうすれば、バランスをとることができるのか。
どうすれば、続けていくことができるのか。
…わからないことでいっぱいです。

ひとつには、生活のことがあります。
霞を喰って生きているわけではないから、生きていくには、お金が要ります。
何度か自慢げに書きましたが、売れ行きは、たいへん良いのです。…でも、喰べていけるほどじゃない…。
日々を作ることに費やして、そのほとんどが売れてしまう、でも生活は成り立たない。
好きなことだけして生活を成り立たせるという考えが、そもそも馬鹿げているのかもしれないけれど。

作家と呼ばれる人たちは、どうしているのだろう…。
わたしはあまり、情報収集が得意ではないのです。
でも、わたしの話した出展者のかたたちはみんな、模索中、もしくは別に生活の手段を持っているのでした。
どこかには、作家活動によって生活を成り立たせているひともいるのでしょうか。
わかりません。

生活が成り立たない以上、いつまでも続けることはできません。
2年か、3年か…。
それまでに、
なんとか、作品制作と、生活を成り立たせる方法を見つけないと…。


と、いうのが、ここ数か月の悩みなのです。

いちばん安直な解決方法は、作品のお値段を上げる、ということでしょうか、やっぱり。
生産性の向上ということも考えたのですが、もうちょっと作れるのではないかなーという予想と裏腹に、制作ペースを上げたことによるストレスの負荷は、想像以上でした。
何より良くないのは、余裕がなくなったことです。…無理はしないことにします。作れなくなったら、元も子もないですし。
とすると、お値段を上げるしかなくなるわけですが、そんなことをしても良いものか。
…次回は、作品のお値段について、ぐだぐだと考察してみることにします。

by chichi-teshigoto | 2015-03-26 22:57 | 考えごと | Comments(2)

カテゴリ

全体
ごあいさつ
お知らせ
てしごと
本のこと
編みぐるみ
ごはん
おかし
風景
家のこと
考えごと
経験
未分類

以前の記事

2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
more...

タグ

(254)
(73)
(65)
(38)
(32)
(20)
(20)
(19)
(12)
(5)

最新の記事

ホームページ開設のお知らせ
at 2018-09-06 21:54
ちいさな秋の草花コサージュた..
at 2018-09-04 20:21
アート&てづくりバザール、出..
at 2018-08-14 20:44
ちいさなさるすべりコサージュ
at 2018-07-28 17:13
夏の花、たくさん
at 2018-07-27 15:31

ブログジャンル

ハンドメイド

画像一覧